企業ブログ、顧客とつながる「共同体」を形成(上)
ブログ(日記風の簡易型ホームページ)がコミュニケーションを変える。情報を共有するコミュニティー(共同体)を容易に形成できるブログの普及により、企業と顧客、顧客と顧客のコミュニケーションが活性化。企業はインターネットに顧客中心の共同体を形成し、その一員として顧客と向き合うコミュニケーションの形態を模索する。マスメディアもマスに対する一方的だったコミュニケーションのあり方を根本的に問い直す局面を迎えた。
「家計簿も日記もつけていない私がブログは2カ月続いています」。東京都練馬区でフラワーアレンジメントのアトリエを運営する関口千恵子さんは5月に三越が日本橋本店(東京・中央)で開いた「写真倶楽部」のオフ会=写真=に参加し、こう胸を張った。写真倶楽部とは、写真家のシヲバラタク氏が三越のブログサイト「三越コミュニティサロン」に執筆するブログを核としたネットのコミュニティーだ。
ネットのコミュニティー参加者が実際に会うオフ会の会場は本店7階の「コミュニティサロン」。この日は写真愛好家の女性ら50人以上が参加し、シヲバラ氏を囲んでワインパーティーを楽しんだ。参加者は関口さんのようにブログを読むだけでなく、三越のブログサイトにコラム風の文章を執筆する人も少なくない。
三越コミュニティサロンは百貨店業界としては初のブログサイトだ。ブログ活用の責任者であるネットワーク企画部の金沢春康ゼネラルマネジャーは「モノが売れないと嘆くばかりではなく、顧客が商品を欲しくなるオケージョン(機会)を作り、結果としてモノが売れるというサイクルを確立したかった」と説明する。ブログを導入して顧客中心のネットワークを形成し、リアル店舗の「コミュニティサロン」も使いながら共同体を運営することで顧客を囲い込む戦略だ。
ただ、業界初の試みは社内では風当たりが強かった。「店舗面積当たりの販売効率を高めることを重視してきた社風のなかで、直接、利益を生まないコミュニティサロンを新館の中に確保するのは苦労した」と日本橋本店の上野仁e―ビジネス推進室長は打ち明ける。昨秋の新館開業は三越が呉服商から百貨店に転換して百周年の記念事業だったが、三越全体としては2005年2月期の営業利益は7%減の152億円にとどまり、新館効果は限定的だった。国内の販売不振に加え、従業員の早期退職に伴う損失なども計上したため、連結最終損益は40億円の赤字だった。
従業員千人の早期退職、横浜店や大阪店などの閉鎖といった厳しいリストラを続ける中で、三越はブログを使った顧客との対話という小さな改革を進める。オフ会に参加した関口さんは「ブランド品は専門ショップで買うことが多かったが、今は三越の店頭を見てから、商品を選ぶようになった」と話す。三越のブログに「食コラム」を執筆する料理研究家のいとうゆきさんも「ブログのオフ会で集まるメンバーとの旅行を考えているが、そのときは三越トラベルセンターを使う」とエールを送る。
三越はこれまでも前払い方式で買い物券などを受け取れる会員組織「三越友の会」を運営するなど顧客の囲い込みには手を打ってきたが、特典目当ての会員を増やすだけではコミュニティーは形成できなかった。コミュニケーションが自然に沸き起こる共同体を育みながら、顧客による「応援団」を増殖させる作戦が実を結ぶのか、老舗百貨店の挑戦は続く。
新聞業界で初めて本格的にブログを自社のニュースサイトに導入したのは神奈川新聞社だった。新聞記事をネットで紹介する新聞社の典型的なニュースサイト「神奈川新聞ウェブ」に見切りをつけ、2月にブログを採用したコミュニティーサイト「カナロコ」を立ち上げた。現在、会員数は4千人。横浜ベイスターズを応援するブログ「ベイスターズフィーバー」を中心にファンのコミュニティーの形成が進んでいるという。
サイトの全面更新から2カ月後の4月には、神奈川新聞社の記者が取材したニュースについても、閲覧者がコメントを書き込める機能、ブログ間で相互リンクを簡単に張れるトラックバック機能というブログ本来の仕組みを導入した。地域のごみ問題、神奈川県のゲーム規制問題など編集部で選んだ記事に関しては閲覧者同士が意見を交換できる仕組みを整えた。「カナロコ」の責任者である松澤雄一デジタルメディア局長は整理部長などを歴任し、新聞編集の経験が長いが、ブログの導入を機に発想を転換し「古いジャーナリズムは捨てよう。高みから読者に教えてあげましょうという姿勢はやめよう」という意識で「カナロコ」を運営していると強調する。
ニュースの重要性は「カナロコ」編集部側が判断せず、コメントやトラックバックなどを通じて読者にそれを問いかけるという発想だ。ただ、神奈川新聞社は「カナロコ」から把握できる読者のニュースへの関心度などの情報を新聞の紙面に反映させる体制にはなっていない。読者にこびる紙面づくりはしないという考え方もあるのだろう。新聞社の電子メディア事業としては、広告収入を増やせるのか、課金制を導入できるのかといった判断が定まっておらず、明確な収益モデルが確立できていないといった課題も残っている。
新聞社が提供するニュースを話の種にコミュニケーションする共同体は新聞社にとって財産となり得る。ニュースというコンテンツ(情報の内容)が売り物である以上、その共同体は「ロイヤルカスタマー」の集合場所になるからだ。「ネットは新聞を殺すのか」などの著者で、ブログ記者でもある時事通信社の湯川鶴章編集委員は「仮に神奈川新聞社への誹謗(ひぼう)中傷がコミュニティーサイトに書き込まれても、ブログで勝ち取ったファンが反論して守ってくれるだろう。大手の新聞社では真似できない試みではないか」と指摘する。
顧客と向き合う百貨店、読者と向き合う新聞社――。古い歴史を持つこの両業種は実は同じ問題に直面しており、その中で三越と神奈川新聞社がブログを活用してコミュニティーを形成させる戦略に打って出たと言える。モノは街に溢れかえり、日本橋の三越に来店しなくとも、消費者は欲しい商品は買える。情報やニュースもネットに溢れかえっており、読者は特定の新聞社のサイトでニュースを閲覧する特別な動機を持たない。こうした現状に対して解決の糸口を見出そうとする試みが、ブログによる共同体を基盤にしたコミュニケーションだった。
コメント